佐藤卓 <クールミントガム> と 佐藤竹善 <らいおんハート(代表)>
昨日から発作でも起きたかのごとく、佐藤竹善を聴いています。
もうかれこれ15年はたちますが、ここ何年かはごぶさたでした。
久々に聴きたくなって、試しにiTunesで買ってみました。
これ、危険ですね、ホイホイとダウンロードしちゃいかねませんよ。
まあそれは自己管理および理性の問題ですが。
![]() |
<The Hits -cornerstones 3-> by G-Tools |
![]() |
<風光る-EP> by G-Tools |
で、これがやっぱりいいんです。
ダウンロードしたのは <The Hits-Cornerstones 3-> と <風光る - EP>。
カバーっていうとがっかりさせられることが多い中で、
彼自身が昔、ラジオで言ってて心にとまった言葉を思いだしました。
曲をカバーする時は必ず良い方向に変化してなきゃならないということ。
でないと意味がない、ということ。
当たり前のことのように聞こえるけど、
どこか、聴いてるこっちがこっぱずかしくなったりする事多くないですか?
そんなことから、ちょっと前に読んだ
佐藤卓さんのクールミントガムについての <d long life design 3号(2005年7月)> の記事。
タイトルは「過去と未来のあいだの仕事・クールミントガムのリニューアル」
1993年に佐藤卓さんがクールミントガムのリニューアルを手がけたのは発売から40年以上たってからのことで、
そういう、すでに多くの人の記憶の中に刷り込まれてしまっているロングセラーの商品のデザインをリニューアルする時は、
その、人々の記憶に残っているイメージをうまく使うのがこつ、と言う。
要素は足さずに、できるだけ印象に残っているとこ(=「これまでの財産」)を保ち、
「完結させるとか完成させるとかいう意識でなく、
今までロッテがつくってきたものを未来につなぐために何ができるのかを考えること。
生み出すことじゃなくて、つなぐことだ、と思いました」とあります。
やりすぎじゃない?と思ってしまうカバー曲のこっぱずかしさも、
こういうところに無理を感じるからなんだろうな、と思ったわけです。
とまあ、かなり端折っちゃったんですが、
この佐藤卓さんの記事、クールミントガムと合わせて話してくれてるので、納得感あるし、
この雑誌、濃い割に結構かみ砕いて書かれているので、
疲れた通勤道中なんかにも都合よいです。
| 固定リンク



コメント