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2007年1月27日 (土)

イタリアでデザインの輪郭を

イタリアの最後はミラノ。
さすがにイタリアの食べ物、宗教建築はもうお腹いっぱい。
都会に来れば何かあるだろうと期待。
ミラノに来た途端英語表記がなくなり、ちょっと焦りました。
ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアは観光地って事を再認識。

日本でも差はあるけど、地方と都会の違いは劇的。
自動販売機や電車の自動改札もある。
何より街がでかい。郊外に行けば団地もあるし。

日本の地方都市がどこに行っても
全国展開のチェーン店がひしめいていて、東京化してるって言うけど
全世界的にその傾向があるんではと思うぐらい
ミラノでも東京やニューヨークと同じようなブランド店がひしめいてました。
さすがファッションの街、ズラーっとブランド店と人だかり。
他の街とは大違いです。

Milano

写真はグッチカフェ。
お洒落なミラノのストリートカフェの中でも
お洒落度が一味違います。
生垣でアーケード街と区切ってます。

歩き疲れや若干イタリアにも飽きてきたので
割と早めにホテルに戻り、帰りの飛行機で読もうと思っていた本を
イタリアにいるうちに読んでしまいました。
深澤直人さんの「デザインの輪郭」。
買ったまま読まずにいたので今回持ってきてたのでした。

深澤さんのつぶやきから
彼の考え、空気、熱が伝わってくる本です。

中にちょうどイタリアに関して触れているところがありました。

[そのまま引用]
イタリアのデザインも特別なものとして理解されている。特別なセレブリティのためのもののようにもてはやされている。でも、本当のイタリアの生活はもっと地味なんです。イタリアのおばさんとかは、昔のソフィア・ローレンの映画に出てくるおばさんと同じであまり変わってない。地味できちっとしていて、磨き込んだ靴を履いて、織のよいスカーフをして、すてきな杖を持って地下鉄のシートに座っている。格好じゃない。質なんです。美味しいものを食べている。魚も肉も質のいいものを単純な味つけで食べている。

この文章は日本が「ふつう」を失っているという話の中の文章です。



僕は、どうもイタリアを勘違いしてイタリアに来てしまったようです。
デザインを学びにイタリアに留学するってのは、よくある話ですし、
多くの有名デザイナーもイタリアからでています。
デザインの有名なメーカーも多いです。
デザインと言ったらイタリアでしょ!と思ってました。
だからイタリアに行けば何かデザインのネタがあるかもと。

でもなんか普通だった。
デザインちっくな椅子やらテーブルを並べたカフェとかがあったり、
みんな使っているものが何かデザインちっくな物だったり。
なーんて事は全然なく、至って普通。
みんな普通に暮らしている。ちょっと拍子抜け。
(ちなみにイタリアの後にオランダに行ったのですが、
むしろオランダがデザインチックな街でした。)

どんどん便利になっていく日本は、
どんどん「ふつう」にあった何かがなくなっているのかも。

普通でない日本に暮らす僕にはイタリアは不便でしょうがない。
コンビニも牛丼屋もない国で、
ふつうにオープンカフェでゆっくり食事している彼らは
セカセカ生きている自分を損してる気分にさせます。

「ふつう」を追求する深澤さんが今売れているのは
急激なスピードで変化して「ふつう」を失ってしまっった日本が
「それ」を取り戻すタイミングに来ているんだと思いました。

時代の変化が急激すぎて、人の共通意識「ふつう」の変化が
着いていってないイメージでしょうか。

流行を追い、絶えず情報収集し、その度に新しい物に買い換える。
そりゃ疲れるよ。

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